いわゆる「加藤の乱」の顛末について


 2000[平成12]年11月21日、森内閣不信任案採決。加藤紘一氏と山崎拓氏の逃亡などにより、賛成190、反対237、棄権1、欠席51(うち病欠2、退場1含む)否決されました。

 今回出席して不信任案に賛成し、咎めがあっても、国民には必ずや評価されたでしょうに。
 もっとも、加藤氏は元々欠席をちらつかせていた程度で、その後周囲に煽られる形で「不信任賛成」へとエスカレートして行った、という形跡があります。その点で、多少同情の余地はあります。
 しかし、一度走り出した以上、止めてはならなかったのです。土壇場に来ての逃亡、大いに白けました。
 正直言って、私は森内閣不信任を主張したのを見て、加藤氏を見直した思いだったのです。同じ思いをした方は、たくさんいました。それだけに、最後に見せた加藤氏の腰砕けが、残念でなりません。

 とは言え、自民党主流派はもちろん、加藤氏の陰に隠れて見過ごされがちな、「裏切った側」の責任は、それ以上に重いといえます。
 自民党主流派の中心人物として、加藤氏の反乱を潰した野中広務幹事長(当時)。
 ところが野中氏は、森内閣不信任案否決の翌日、22日に東京のホテルで開かれた自民党橋本派の総会であいさつし、こう言ったのです。
「今度の内閣不信任決議案の否決は、決して森喜朗首相の信任を決定したものではないと思っている」
 これはおかしな話です。「日本國憲法」に、こうあります。

第六十九条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

 つまり「森内閣不信任決議案否決」=「森内閣信任決議案可決」。早い話が、森内閣の信任を決定したものである、という事なのです。野中氏は森内閣信任のために奔走しながら、その一方でこんな矛盾した発言。その心は何でしょうか。
 それなら何故不信任に反対したのか。
 恥も外聞も無く、あられも無い政治闘争の結果という事でしょう。どんなに森氏を不信任したくても、加藤氏に従う形を取りたくは無かったからでしょう。と同時に、政府の実権が自分たち(橋本派)にある事を誇示した発言ともいえます。それだけ首相という立場を軽んじているのです。もちろん軽く見られる首相も碌なものではありません。しかし、自らも軽んずる存在を、権力維持のために支えるのは迷惑極まりありません。
 次は加藤派の反加藤グループ(古賀派?池田派?)の番です。元々野中氏と親しく、「本籍・加藤派、現住所・橋本派」と揶揄されていた古賀誠氏でしたが、期待に違わず、やっぱり率先して寝返りました。のみならず、自ら加藤派の切り 崩しに奔走。そのかいあって、野中氏の後任として、自民党幹事長に昇格しました。まさに、裏切りの報酬といえます。もっとも古賀氏の裏切りは、初めから ある程度予想出来たとは言えます。後知恵といえばそれまでですが、何故そんな人物にむざむざしてやられてしまったのか、もっと手を打てなかったのか、と外野席からは歯痒く思うのですが……………。ただ加藤氏は、「最後は自分に従うだろう」と踏んでいたようです。確かに「裏切るかも知れない」と一度疑い出すと切りがありませんが、それにしてもこれほどまでにいいようにしてやられるとは…………………………。
 他にも元々そりの合わなかった池田行彦氏や宮澤喜一氏はもちろん、加藤氏の政権構想のまとめ役だった丹羽雄哉氏まで寝返った事で、事実上決着は付いていました。ただし、「自民党」あるいは「永田町」という枠組みにおいては、です。
 これらの反加藤派は、19日に東京・白金のホテルでアンチ加藤の集会を開き、気勢を上げていました。今思えば、私が20日朝、気勢を上げていた時点で、事は終わっていたのです。それでも、加藤氏の逃亡という無様な落ちが無ければ、或いは結末は変わっていたかも知れません。
 加藤派ではありませんが、反主流派の渡辺喜美氏や、平沢勝榮氏は、結局二人とも棄権しました。平沢氏は「加藤氏が『公明党との連立はダメだ』といってくれたら(不信任に賛成した)」と言っていましたが(『週刊現代』2000年12月23日号59ページ)、どうでしょうか。二人とも、また日頃森氏を批判しながら、結局森内閣を信任した田中眞紀子氏など、もし加藤氏が出席していれば、あるいはと思いますと………無念です。
 古賀誠氏は幹事長昇格後の12月10日、NHK、フジ、テレビ朝日の番組に相次いで出演して言いました。「自民党の数多い有能な人材の中でピカ一。宝と思ってい る」
 古賀氏はマスコミに「反加藤グループ」と呼ばれると、「こっちが宏池会だ!」と主張しました。加藤氏たちはもう「宏池会」、つまり派閥の正式名ですが、正当な派閥の後継者ではないと。そう言い切ったのです。古賀氏の「加藤氏は宝」発言は明らかに嘘です。マスコミ向けの言い訳でしょう。
 2001[平成13]年1月31日、ついに反加藤派は堀内光雄氏を会長に(以後「堀内派」と表記)独立し、「宏池会」を僭称しました。堀内派の参加者は衆議院34名、参議院8名、計42名。元々加藤派に所属していたのは、加藤氏も含めて62名。
 また、これとは別に、国会では無所属ながら、加藤派に所属していた方が衆議院では5名居ました。
 この、計67名のうち、衆議院50名、参議院17名。
 不信任決議案で、森内閣信任に寝返ったのは、加藤派系無所属を入れて29名ですから、さらに堀内派は勢力を増した事になります。しかも、どちらにもつかずにいる議員も衆議院4名、参議院6名と少なくありません。
 この結果、加藤氏の元に留まった者は加藤氏を含め、僅かに15名。いかに主流派の締め付けが強烈だったかが判ります。
 もちろん考えが違う以上、加藤氏とたもとを分かつのは当然ですし、そうなれば派閥を割るというのも一応当たり前の行動とは言えます。
 しかし見ていて不愉快なのは、政治家としての理想が見られず、明らかに保身のための行動であるという事。人間弱い生き物であるとはいえ、加藤氏を裏切って森内閣を信任し、その癖「えひめ丸」が米潜水艦に沈められた事件で森首相が醜態を晒すと、今度は「森おろし」の先頭に立つ。見苦しい。今更何なのか。いい加減にしてくれ、です。
<WANTED!>「古賀 誠ホームページ」(福岡7区)
http://www.kogamakoto.gr.jp/index.html

 加藤氏を裏切って以来、「最新情報」が11月1日更新、となっていたのを「随時更新」と書き換えただけ。その状態が3ヶ月以上にわたって続きました。更新が二日遅れただけで叱られた加藤紘一氏とはえらい違いですね。2001年2月5日、ようやく更新されましたが、「加藤の乱」も、堀内派結成も無かった事にするつもりらしいです。
 また、古賀氏を含めて加藤・山崎派で森内閣信任に回り、かつホームページを持っている方のうち、それを釈明したのは、2001年3月13日現在にいたっても、まだ上川陽子氏堀内光雄氏の二人だけです。もっと彼等への追及が必要です。特に、今回の件で大きな利益を得た古賀誠氏、大臣に留任した宮澤喜一氏、またやはり派の重鎮とされた太田誠一氏は、何のためにサイトを持っているか意味不明です。
 また、古賀氏以外の「裏切り者」の一覧も載せて置きましょう。ただし、この当時は加藤氏に従ったものの、後で「堀内派」結成に加わった方々は含んでいません。
【自民党関係各方面のホームページ】および【宏池会・近未来政策研究会の「裏切り者」リスト】へ、どうぞ。

 いずれにせよ、自民党の中では良心的と思えた、加藤氏たちに期待した、私たちがまだ他力本願的発想だったのでしょう。そして、加藤氏を裏切った人達が、相次いで重職に就き、あるいは保守系無所属から自民党入りが認められ、と、彼等の発想は、完全に閉じています。彼等は「自民党」の中では、功労者でしょう。しかし外から見れば、どうでしょうか。国民の目が全く無いのです。

 その後、2001年3月5日に、再び森内閣不信任決議案が提出されました。
 しかし与党は「森降ろし」を続ける一方で、森内閣不信任決議案に反対するという矛盾。一方野党も、予算が衆議院を通過した直後で、かつ否決されるのを計算しており、アリバイ的な要素が強くあります。(もっとも、「内閣不信任より予算審議が先」という野党批判は誤りと思う。原則論として、森内閣の元で作られた予算に反対するのは当然であるし、またこの時期になると予算は官僚の手により九分通りまとまっているため、その気になれば内閣を選び直してから完成させても十分間に合うのだ。…身も蓋も無い話だが)
 それにしても、与党幹部の発言は酷いです。
 たとえば公明党の神崎武法氏は、不信任案提出に先立った3日、茨城県石岡市で開かれた講演会でこう言いました。「(MURASAME注:内閣不信任決議案に反対するのは)予算及び関連法案の成立を遅らせる手法に厳しく反対するという意味だ。とはいっても、森首相が信任されたということではない」。
 また、「加藤の乱」の時は採決を欠席した自民党の山崎拓氏は、今回不信任決議案に反対した上で、「政治は混乱の極みにあり森首相に一日も早い早期退陣を求めたい」。何でも、内閣不信任否決で政治不信が極まったからという。こういうのを自作自演といいます。
 3月5日に出された内閣不信任案否決後、山崎氏はテレビで記者に「内閣不信任案反対は、森内閣を信任したということではないか」と聞かれ、「法律的にはそうだと認識しています」(太字は引用者。完全にこの通りだったかは自信がありません。間違っていればお詫びして訂正します)。法律的に信任しても、その実不信任だと。青臭いといわれるのを承知で書きますが、あまりにも国会を馬鹿にしています。これで代議士なのです。しかも、今回も欠席した加藤紘一氏より、政治家同士では山崎氏の方が評価されているのだそうです。「仲間から脱落者を出さず、潔く撤退した」というのがその理由ですが、もう、何も書きたくはありません。
(この件についての山崎氏の弁明はhttp://www.taku.net/hp/mag-back/ma-029.html参照)
 加藤派に所属し、先の総選挙で落選した白川勝彦氏は、結局自民党に見切りを付け、「新党・自由と希望」を結成しました。とはいえ今の所、白川氏のように自民党を見限った方はごく少数です。やはり私たちが、今年の参議院選、そして後に続くであろう衆議院選で、直接自民党を葬るしかありません。さもなければ、国会自体が崩壊し、日本がめちゃめちゃになるでしょう。その一方で、これは稿を改めて述べますが、ネットなどへの規制は懲りずに続けています。もう自民党は逝くべきです。

管理人 K・MURASAME       

11月22日執筆 12月16、17、18日、2001年3月14日、22日加筆


【自民党関係各方面のホームページ】(敬称略)
*以下、<WANTED!>印の人物は、特に罪が重いと独断で認定した方です。
「自由民主党」
http://www.jimin.or.jp/jimin/title.html
「与党三党で内閣不信任案を否決」
http://www.jimin.or.jp/jimin/121124/01/index.html
↑「加藤紘一」のかの字も無し。憐れだなあ……………。
「議員アラカルト」
http://www.jimin.or.jp/jimin/50on/syu-a.html

<WANTED!>橋本龍太郎「橋本龍太郎ホームページ」(はしもと りゅうたろう)
http://www2.odn.ne.jp/~cap47570/hasimoto/index.html
↑「加藤は熱いフライパンの上でネコ踊りさせておけばいい」と言った人。平成研究会(橋本派)会長です。

額賀福志郎「ぬかが福志郎ホームページへようこそ!」(ぬかが ふくしろう) http://www5a.biglobe.ne.jp/~f-nukaga/frame.html
 ここまでが主流派のページです。


「【加藤紘一オフィシャルサイト《改革の広場》】」
http://www.katokoichi.org/index.html
↑批判殺到。また、加藤派(裏切り者含む)の全議員一覧はこちらから。

「山崎拓「日本実現」ホームページ」
http://www.taku.net/index.html
↑いち早くメールマガジンで敗北を謝罪。また、山崎派(裏切り者含む)の全議員一覧はこちらから。

白川勝彦(しらかわ かつひこ)氏「Liberal-Shirakawa dot net -日本の自由が危ない-戦うリベラルな政治家白川勝彦Webサイト ホームページ」
http://www.liberal-shirakawa.net/index.html
「悪貨が良貨を駆逐する自民党」
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezure/tsurezureold5.html#108
↑古賀誠氏に関する論評。先の選挙では落選しましたが、元々加藤氏の側近といわれた人物だけあって、この件については他にも色々と発言をしています。

【宏池会・近未来政策研究会の「裏切り者」リスト】(敬称略、五十音順)
名前の前に▲が付いている人は、不信任案採決当時、自民党に所属していなかった(いわゆる保守系無所属)議員を表わします。彼らのうち宇田川芳雄氏を除く四人は御褒美として、自民党へ復党しました。また、宇田川氏は、無所属の会に移籍しています。

☆宏池会(加藤派)

<WANTED!>池田行彦(いけだ ゆきひこ) 広島5区
↑故・池田勇人元首相の娘婿。故に誇り高く、加藤氏とは反りが合わなかったという。

植竹繁雄(うえたけ しげお) 比例 北関東

▲宇田川 芳雄(うだがわ よしお)「宇田川よしお応援サイト」 東京16区
http://www1.ocn.ne.jp/~udagawa/index.html

<WANTED!>太田誠一(おおた せいいち)「太田誠一WEB」(福岡3区)
http://www.otaseiichi.gr.jp/index.html

▲上川 陽子(かみかわ ようこ)「かみかわ陽子 ホームページ」 静岡1区
http://www.pluto.dti.ne.jp/~yoko8/index.html

瓦力(かわら つとむ) 石川3区

▲近藤基彦(こんどう もとひこ) 新潟2区

左藤章(さとう あきら) 大阪2区

実川幸夫(じつかわ ゆきお) 比例 南関東

鈴木俊一(すずき しゅんいち) 岩手2区

高橋一郎(たかはし いちろう) 比例 東京

竹本直一(たけもと なおかず)「竹本直一ホームページ」 大阪15区
http://www.takemotonaokazu.com/index.htm
↑掲示板有り。案の定、批判の書き込みが目立つ。でも、本人は見ているのでしょう か?

<WANTED!>丹羽雄哉(にわ ゆうや)「丹羽雄哉WEBページ」 茨城6区
http://www.niwayuya.com/index.html
↑元讀賣新聞記者。

葉梨信行(はなし のぶゆき) 茨城3区

林義郎(はやし よしろう)(比例 中国)

▲平井卓也 香川1区

二田孝治(ふただ こうじ)「【ようこそ二田孝治のホームページ】」 秋田1区 http://www.futada.gr.jp/index.html

<WANTED!>堀内光雄(ほりうち みつお)「堀内光雄ホームページ」 山梨2区 http://www.mfi.or.jp/horiuchi/index.htm

増田敏男(ますだ としお) 比例 北関東

宮越光寛(みやこし みつひろ) 富山2区

<WANTED!>宮澤喜一(みやざわ きいち)「宮澤喜一ホームページ」 比例 中国 http://kaps.co.jp/miyazawa/index.html

宮澤洋一(みやざわ よういち)「宮沢洋一オフィシャルウェブサイト」 広島7区 http://www.kaps.co.jp/youichi_miyazawa/index.html

宮本一三(みやもと いちぞう) 兵庫9区

村田吉隆(むらた よしたか) 岡山5区

<WANTED!>持永和見(もちなが かずみ) 宮崎3区
↑1983[昭和58]年当時、厚生省薬務局長。血友病治療に使用されたが、エイズ感染の危険性があった非加熱製剤を、加熱製剤に変えるべきという意見があったのにもかかわらず、「非加熱製剤の一律輸入禁止はおこなわない」という決定を下し、多数のエイズ感染被害者を出した。というより、加藤氏もなんでこんな人物を仲間に入れたのか?彼が国会議員をやっている事自体がおかしいのに。

森田一(もりた はじめ) 比例 四国

柳沢伯夫(やなぎさわ はくお) 静岡3区

▲山本幸三(やまもと こうぞう) 福岡11区


☆近未来政策研究会(山崎派)

稲葉大和(いなば やまと) 新潟3区

保岡興治(やすおか おきはる)「やすおか おきはる のホームページ」 鹿児島1区
http://www.yasuoka.org/index.htm

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