日教組とプリンスホテル〜闇に葬られる集会の自由


 2007年5月、日本教職員組合(日教組)が教育研究全国集会(教研集会)会場としてプリンスホテルのグランドプリンスホテル新高輪「飛天の間」を借りる契約を結びました。しかしプリンスホテル側は、11月になり右翼団体の街宣車などを理由に一方的に契約を破棄。日教組側は東京地方裁判所に契約の履行を求める仮処分を申請し、認められたがプリンスホテルは無視し、敢えて別の予約を入れてまで日教組を締めだしたため、ついに全体の集会は開けず、会場を分散した分科会だけにせざるを得なかった、というのがことの顛末です。
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 案の定、「日教組」の文字に釣られてあれは「反日」「左翼」云々とホテルを賞賛する、あるいは集会を潰したことを喜ぶ大たわけがネットにも現れています(lancer1氏「2008年02月04日 ・ホテル側の拒否で日教組の全体集会が中止 〜日教組はその根本的な理由を理解せよ〜」、knnjapan氏「2008年 02月 02日 日教組に集会の自由はない」、「2008年02月02日(土) グランドプリンスホテル新高輪の良識に拍手!日教組会場使用拒否問題」、鈴木裕氏「プリンスホテルにエールを送る」など)。
 鈴木氏は近畿大学非常勤講師との事ですが、このような人物に教育者の資格は無いと思います。
 ただ、Googleランキングを見る限りでは、さすがに上位がそればかりという惨状にはなっていません。

 それ以外の参考サイトなど。(NOV1975氏「2008-02-03 ■[雑記][社会]プリンスホテルVS日教組ちょっとまとめ」、nessko氏「2008-02-02■ホテルが日教組を司法判断を無視してまで拒否した件」、小飼弾氏「2008年02月03日 01:00 グランドプリンスホテル新高輪はカッペ、日教組はカッテ」、おやじまん氏「2008年02月04日 叩かれるのもわかるけど他の理由もあるかもよ」、毛利正道氏「裁判所の決定まで無視した グランドプリンスホテル新高輪への要請呼びかけに賛同を」)

 この件で、迷惑行為を働くのはいわゆる右翼団体であって、日教組ではありません。なのに被害者である日教組が、厄介者であるかのように見られる。プリンスホテルの文書に拠れば、日教組の利用を認めれば「周辺住民、お客さまのみならず多くの方々に取り返しのつかないご迷惑、被害・損害を与えてしまう」(「平成20年2月5日 株式会社プリンスホテル」)。バカなことを。まず、日教組というお客様に大迷惑を掛けているではないか。
 この理屈なら、その客がイヤガラセを受けるなら、ホテルは客を護ることなく、厄介払いすればいいと云う話になります。イヤガラセをした者勝ちなんて、そんなバカな話があってたまるか!

 ただ。一つ引っ掛かる事がありますがそれはさて置き。あからさまに日教組を嘲笑する手合いはそれほど多くないにしろ、日教組が徹底抗戦すればするほど「他のお客の迷惑になる」「騒ぐな」と冷ややかな目で見ている人は多いのかな、と危惧しています。
 新聞にも集会の自由の危機が叫ばれていますが、実際規模の大小は違えど、集会が横槍で潰される事件は少なくありません。
 屋外でのデモ行進が許可制で、飛び入り参加を妨害するためなどの理由で、警察の厳しい監視が付くのは意外と知られていない事実です(カマヤン氏「2007-06-30 ■[読書]沢田竜夫『「デモ」と「広場」の戦後史』/『「治安国家」拒否宣言―「共謀罪」がやってくる』 05:50」)。では屋内での集会はといいますと…。
 『讀賣』が書いていたように、保守、右翼の側の発言が対象になった事ももちろんあります(ただ、櫻井氏は自分が主催ではなく、氏を呼んだ教育委員会に神奈川人権センターが抗議した結果によるもの。私は櫻井氏を民族差別と批判した同センターに、その限りに於いて見解は近いですが、しかしでは彼女を来させなければいいのか、というとそれは違うと思う)。
 もっと極端な例では、右翼団体・日本青年社が東京ビッグサイトで集会を開こうとしたが予約を取り消され、ビッグサイトが訴えられましたが、東京地裁は「原告は暴力団と密接な関係があり、施設を利用させれば反社会的な集団の活動を助長させることにつながる」(2001/10/25、山名学裁判長)と退けた事件がありました。
 保守・右翼の側が妨害した例としては、最近では茨城県つくばみらい市がドメスティックバイオレンス(DV、家庭内暴力)をテーマに、平川和子氏を招く講演会を企画したところ、「主権回復をめざす会」が会場に抗議や拡声器での街宣を仕掛け、これを中止に追い込んだ事件がありました(ただし、中止させる目的ではないとの反論あり)。

 コミックマーケットが、1989年、一旦会場にした日本コンベンションセンター(現:幕張メッセ)を追われたのも、催し自体は問題なく行われたのに、猥雑図画問題で会場が圧力に屈した結果といわれています。
 最近では、東京都立産業貿易センターが、成人向けを扱う同人誌即売会を拒否する事にしたと報じられた事件(最終的にゾーニング、区分けなどの徹底をすることで決着、「平成19年 12月26日 同人誌主催者の皆様」)もありました。

 思えば、会場を取るために裁判に持ち込まれたケースはあまりありません。普通なら、よほどの事情がなければ諦めるでしょう。
 ただ今回の事例は、プリンスホテルが一旦受けて置きながら、半年も経ってから反故にした事。舐めてます。日教組にとって、仮処分申立てはもう5度目で、今までのところは仮処分に従ったが、プリンスホテルは頑として応じなかったのです。これは、上に挙げたどの事例よりも酷い。
 また、日教組がホテルに意地を張っただけかというと、どうもそうでも無いようです。
 「「のだめ」オーケストラがカンカン…Wブッキング騒動 ウィーン国立歌劇場オペラと」(夕刊フジ2/4)。
 東京都交響楽団が10/23に予定していた演奏会が、会場である東京文化会館の失態で中止に追い込まれたニュースです。ここの大ホールは2203席ですが、代替施設は8ヶ月も先の話なのに用意出来なかったと云う事です。
 コミケットの例では当時の晴海国際展示場で代替しましたが、開催を3ヶ月延ばす羽目になりました。当時でも10万の参加者を集めていたコミケットは別格にしろ、また演奏会と一般的な集会では事情が大きく違うにしろ、日教組は今さら他の会場を取る事が出来ない状況に追い込まれていた可能性があります。さらに言えば、プリンスホテルはそれを承知で、手遅れになってから契約破棄を言い出したのではないかとさえ思えます。

 おまけに、プリンスホテルでは1月17日に自民党が党大会を開きましたが、この時も右翼団体の街宣車は押しかけています(萩原誠司氏、自民、衆院比例中国ブロック「過去の活動 1月17日」)。しかし党大会は、予定通りプリンスホテルで行われました。
 繰り返しますが、これは全くプリンスホテルが悪い。もっとも、矢部善朗氏の「2008年2月 2日 二流ホテルの証明」などには、所詮堤義明氏のホテルだからこんなものかとも思いましたが…。
 本来は日教組の事件を明日や昨日の我が身に惹きつけてみなければならない人たちまで、他人事と思っているのではないか。それどころか、「集会の自由」を正面から掲げる事を、面倒な事は止めろと自分から抑えに掛かろうとさえしているのではないか。
 たとえばarugment氏の「マスコミは日教組の見方」。

教師は聖職者なのか。
ならばこのような衝突は避けるべきではないのか。
ところが彼らは、このようないざこざを繰り返している。

 こうした見方は、かなり多くの人に共有されているのではないでしょうか(同じ事を、nessko氏が「2008-02-02■ホテルが日教組を司法判断を無視してまで拒否した件」で指摘しています)。
 では、日教組は穏便に諦めれば良かったのか、そうとは思いません。

 どのような催しでも、抗議やイヤガラセをする人間はいるものです。それを捨て置けば、どんな催しでも潰せます。日教組の集会も、人数が多いので会場を探すのが難しい事情がありました。
 極端な話、コミックマーケットは今の会場をつまみ出されたらその場でおしまいです。そうした時、仮に「厄介者」を見放す事によって難を逃れたとしても、結局あなたも標的にされるのです。
 ともあれ、今回の事件は理不尽なものは理不尽だと、少しずつでも声に出すべきと思います。いや出して下さい。
 先頭に立って抗議活動をしろとか、そんな無理は書きません。一声一行でも結構ですから。

 日教組なり何なり、被害者が突出してしまい、孤立してしまうのが一番危険です。
 こうした事件では、数多くの人が騒ぐ事が大切と思います。大勢が騒げば、人目に付かず見捨てられる危険性も、一人一人が万が一難に遭う危険性も下がります。
 これは、プリンスホテルや、他の会場主に対する牽制でもあります。プリンスホテルとて、こんな真似をすれば批判される事くらいは解っています。それでも強行したのはよくよくの事情があるのでは、という事も想像出来ます。そして、何故自民党の予約を断る事は出来なくても、日教組なら平気で予約を反故に出来るのかという事も。
 右翼の街宣車さえ、予約を反故にする為の口実に過ぎなかったのでは無いでしょうか。

 大石英司氏のBlog、個人的に大石氏は好かない人物ですが、今回は全く同感です(「2008.02.03 俺はみのだ!」、「2008.02.04 邦画字幕スーパー」)。碌でもない書き込みがありますが、特に後者の記事、2008.02.04 13:33の書き込みは悪質そのものです。日教組の情報が警備を要請したらさっそく漏れたという。これが本当ならそれこそ問題ですが、彼はそれを、集会を弾圧するための口実として肯定し、批判する者を嘲笑しています。「あれこれ文句を言う方が愚かなのだ」と、人に思わせようとしています。
 正面から反論する事もさせない、黙ってその場をやり過ごせばそれでいいのだという「教育」。そんなの、私は絶対にいやです。そんな「空気」など絶対読みたくありません。
 こんな連中の思い通りにさせてはなりません。
 大いに騒ぎにする事で、闇から闇に事情が葬られてしまう結果にならないようにするのです。
 情けは人の為ならず。結局、自分の為になるのですから。


 ちなみに。前掲『讀賣』「教研集会の会場探し、年々困難に」では

 ただ、憲法が結社や言論の自由を保障する以上、右翼団体の活動を禁じることも不可能。

 それはもちろん当然の事です。左翼団体に対しては、個別のビラ配りさえ弾圧する警察が、右翼には実に優しいなと思いますが。
 とは言え、日本青年社の場合は、暴力団系だからという理由で裁判所からも使用を認められなかったのですが、しかし集会の自由という観点からすればどうか。会場側の裁量はあるにせよ、それで良かったのかと思います。暴力団にせよ、新左翼(警察の云う“極左暴力集団”)にせよ、犯罪行為が問題にされる事はあっても、結社の自由を否定は出来ません。
 「××だから」排除するというのは、なかなか、曲者だと思います。


 その後、プリンスホテルは会場貸し契約の反故だけでなく、宿泊拒否も行ったことが判明しました。最低のホテルです。
 『産經新聞』「日教組教員らの宿泊も拒否 教研集会でプリンスホテル 2008.2.16 18:04」、『朝日新聞』「「法治国家にあるまじき事態」日教組集会拒否で鳩山法相 2008年02月18日16時41分」、『東京新聞』「プリンスホテルを聴取 旅館業法違反の疑いで 2008年2月21日 13時27分

管理人 K・MURASAME       

2008/02/08 23:33     

最終更新 2008/02/22 23:50     


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