盗聴法シリーズ(7) 盗聴法成立以降の動向(Ver.2.1)


電子署名法

 第3回で触れましたが、一度出来た法律は歯止めが利かず、事あるごとに内容を拡大させてしまいます。その動きは、盗聴法成立後も続きました。たとえば第1回で紹介した「電子署名法」。
 衆議院では委員会で全会一致可決のため本会議はほとんど素通り、参議院でも反対はたった一票。社民党の清水澄子氏だけでした。
 この法律は電子署名、つまりコンピュータ上で個人を識別するための記号に関する法律なのですが、問題は電子署名を認証した機関に対して顧客が提出する項目は下記に引用する同法第四条。

第四条 特定認証業務を行おうとする者は、主務(引用者注:ここでは郵政を指す、以下同)大臣の認定を受けることができる。
2 前項の認定を受けようとするものは、主務省令で定めるところにより、次の事項を記載した申請書その他主務省令で定める書類を主務大臣に提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名
二 申請に係る業務の用に供する設備の概要
三 申請に係る業務の実施の方法

 このうち第二項の「その他主務省令で定める書類」が曲者。要するに、書類の内容は全て郵政省が自由に決められるのです。
 何故問題なのかと言いますと、電子署名もまた暗号であり、それを提出させる事も可能だからです。しかも認証機関が秘密を漏らしても罰則は無し。
 水澤潤氏はこう指摘します。

> これこそコッソリ認証機関に復号鍵を提出させ、ひそかに国民の暗号通信を解読
>する意志が、最初から政府にあることの証拠です。(『週刊文春』2000年7月13日号
>「電子署名法の本質は電子盗聴法だ 全国民への盗聴と電子的管理を許すな」
>57頁)

 つまり、暗号鍵という防衛手段を奪うことで、盗聴法の危険性を著しくパワーアップさせる法律なのです。にも拘わらず、反対したのは前述の通りたった一人。盗聴法反対に活躍した、緒方靖夫氏も円より子氏も福島瑞穂氏も中村敦夫氏も賛成しているのです。これは大変な状況と言わざるを得ません。
 せめて「暗号復号」用の鍵は提出させないようにしないと、大変な事になります。
 また、組織犯罪対策についても、法務省は2000[平成12]年7月14日、組織犯罪を謀議するだけで罪になる「共謀罪」の導入に着手する、と発表しました(『日本経済新聞』同7月15日号)。
 他にも2001[平成13]年3月27日、政府により「個人情報の保護に関する法律案」が提出され、2003年5月23日成立。2005年4月1日、全面施行されました。(条文は
http://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/hourituan/030307houan.html)
 この法律の本来の目的は、インターネットの普及などで流出しやすくなった個人情報を保護するため、官公庁や企業を監視する、という物で、これだけならむしろ望ましい内容です。メールアドレスや住所がいつのまにか業者に流れて、広告が送られて来た経験は誰にでもあるはずです。それを規制しようというのは良いのです。
 しかし問題は、「個人情報取扱事業者」から官公庁を除外している(第二条3項一から四)上、「個人情報の保護」に便乗して、政治家や官僚などのスキャンダルも保護されかねないところです。
 一応報道機関に対する除外規定はあります。同法第五十五条を引用します。

第五十五条 個人情報取扱事業者のうち次の各号に掲げる者については、前章の規定は適用しない。ただし、次の各号に掲げる者が、専ら当該各号に掲げる目的以外の目的で個人情報を取り扱う場合は、この限りでない。
 一 放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関 報道の用に供する目的
 二 大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者 学術研究の用に供する目的
 三 宗教団体 宗教活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的
 四 政治団体 政治活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的

 が、確かに第一項で除外されてはいますが、「放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関」では、厳密には記者個人は含まれません。また、出版社系の雑誌や個人のジャーナリストは含まれておらず、これらによるスキャンダル報道はまともに規制される恐れがあります。というのは、同法では取材者は取材対象本人の同意が必要としているからです(第二十一条)。スキャンダル報道をするのに、誰が同意するでしょうか。
 また、政治団体や宗教団体が「付随する活動」も含めてしっかり除外されているところにも、政治家達の保身を感じます。特に、官公庁が初めから適用除外されている事で、官僚の気に食わない政治家などの個人情報を意図的に流すという危険性も指摘されています。(http://www.zorro-me.com/2001-4/01428-2.htm、目森一喜氏による。
また同法の問題点については、http://www.zorro-me.com/2001-4/010428.htmも参照)

「テロ」対策

 2001年9月11日、アメリカ合衆国(合州国)の世界貿易センタービルと国防省(ペンタゴン)にハイジャックによる自爆テロがあり、米国はアフガニスタンのタリバン政権を報復攻撃。米国の後ろ盾を受けたカルザイ氏が大統領に選出されたものの、タリバンその他地方の軍閥が消えたわけではなく、アフガンは群雄割拠の状態です。また、米国はタリバンと実行犯との関係を、今に至るまで証拠立てていません。ラムズフェルド(Donald Rumsfeld)アメリカ国防長官は2001年10月29日の記者会見で「(タリバン側は)市民を盾に取っている」「市民に死傷者が出てもタリバン側の責任」と主張していますが、「米国防総省からの情報では、空軍パイロットは自由な狩猟≠する権限が与えられている。その結果、爆弾は頻繁に民家や、国際赤十字の倉庫のような民間施設に投下されているという」(『毎日新聞』2001[平成13]年11月9日号「世界の目」パーベル=フェリゲンガウエル(飯島一孝:訳)。筆者はロシアの軍事評論家)などの指摘があり、実態は一方的な侵略でした。
 その後アメリカはありもしない「大量破壊兵器」を根拠にイラクを侵略し、フセイン政権を滅ぼしました。しかし、占領に対するResistance(抵抗勢力)は活発であり、占領軍は弾圧に躍起です。いずれも、米軍は軍事的に一時的な成功を収めたものの、力で抑えつけたに過ぎず、「自由と民主主義の勝利」と正反対でした。
 この問題はテーマから外れるので詳しくは別の機会にしますが、しかし見逃せないのがテロ対策としての盗聴法強化です。
 2001年10月25日、アメリカでは今回のテロ事件を受け、裁判所の令状が1件あれば関連する複数の盗聴が可能になる、Webサイトの盗聴も可能になるなど、大幅に盗聴法が強化される内容の米国愛国者法(正式名称:Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001)が可決しました。また、外国人留学生約60万人の電子メールのやりとりを追跡するためのデータベース創設、「テロとの関連が疑われる外国人」と認めれば、具体的な容疑無しに7日間拘留して取り調べられるなど、特に外国人への統制が強化され、しかも冤罪を生む危険性が極めて高い内容です。
(盗聴については2005年までの時限立法だったが、2005年に10年間の延長が可決。要旨は共同通信社の
http://web.archive.org/web/20050324171636/news.kyodo.co.jp/kyodonews/2001/revenge/news/20011027-375.html、全文はhttp://thomas.loc.gov/cgi-bin/query/z?c107:H.R.3162.ENR:参照。また、『WIRED』の関連記事は下記。http://wired.jp/2001/10/26/%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%A7%E6%8A%91%E5%9C%A7%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E4%B8%8A%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AB%96%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%8A/
 さらに米国ブッシュ政権は、愛国者法さえ無視した、無令状での盗聴を行っていました。『ニューヨーク・タイムズ』紙2005年12月16日号で暴露され、2007年12月16日号でも、NSAが1990年代からNSAはDEA(米麻薬取締局)と共同で麻薬取引監視のための盗聴を行っていた事、これとは別に、2001年2月からNSAは米国内通信の無令状盗聴をコロラド州デンバーの電話会社クウェスト社に依頼したが、同社は違法性を理由に拒否した事も報じました(「Wider Spying Fuels Aid Plan for Telecom Industry」Eric LICHTBLAU, James RISEN, Scott SHANE。http://www.nytimes.com/2007/12/16/washington/16nsa.html)。
 これらは、第2回反論7で触れた、「行政盗聴」を使った典型例です(土屋大洋「インターネット時代の通信傍受」、『治安フォーラム』2007年12月号)。
 タチの悪い事に、ブッシュ政権は違法盗聴を指摘されると、それを止めるのではなく、法を変えて合法化する道を選びました。二〇〇八年七月一〇日成立した、外国との通信の無令状盗聴の恒久法化に加え、情報提供する通信会社に免責を与える内容の外国情報監視法(FISA法)改定がそれです(『日本経済新聞』7月11日号夕刊「米「盗聴」法が成立 大統領署名」)。これは、盗聴の度合いこそ違え、日本で共産党幹部宅盗聴事件が発覚した後の盗聴法成立の流れと全く同じです。
 米国議会は野党・民主党が多数を握っているにもかかわらず、9日には上院(元老院)で69対28の大差で可決しました。米国は原則党議拘束が無いのですが、それにしても大統領候補内定者であるバラク=オバマ氏(候補者確定ののち当選)を始め、民主党から相当数の賛成が出た事に暗澹たる気持ちになりました(共和党の大統領候補内定者であるジョン=マケイン氏は遊説のため欠席)。しかも、民主党は対案を出して先に否決されましたが、これは通信会社の免責を削除したもので、無令状盗聴自体への反対は無かったのです。以前は政府案に反対していたオバマ氏の変節は、誰が政権を取ろうが盗聴推進に変化はないと思わせるに十分でした。
 米国にサーバのあるサイトを国外から見れば盗聴対象ですから、たとえば朝日新聞社サイトや2ちゃんねるはアウトです。
 前出の記事で土屋氏が主張しているように、案の定、日本でも行政“傍受”を導入しようという動きがあります。2010[平成22]年4月7日には、土屋氏本人が参議院国際・地球温暖化問題に関する調査会に参考人として招かれ、米国にならった行政“傍受”導入を主張しました。しかし、たとえば暗号規制は、テロリストが自分で暗号ソフトを開発してしまえばそれまで。犯罪抑止どころか、ネット規制のいい口実に終わりかねません。加えて、NSAが中心となった国際盗聴組織「エシェロン(ECHELON)」の存在(エシェロンについては第2回参照)。


サイバー犯罪条約と共謀罪

 少し時間を戻します。2001年11月8日、欧州評議会(本部:フランス・ストラスブール、加盟43カ国)によりサイバー犯罪条約が締結。23日、日本も署名しました。
 サイバー犯罪条約はコンピュータネットワークへの不正アクセス、盗聴、データ破壊、改竄などのハッキング行為、関連犯罪として児童ポルノ関連犯罪、著作権侵害を取り締まり、加盟各国で協力するよう求める内容です。
 条文では盗聴法の制定を求め、また条約で取り締まりの対象となる罪の範囲が広い上、要請国で罪になる内容ならば、相手国では罪にならない内容でも協力を拒否出来ません(サイバー犯罪条約、外務省訳29条3項「締約国は、要請に応ずるに当たり、双罰性をそのような保全を行うための条件として要求してはならない」。どちらの国でも罪になる必要があるのを双罰性(dual criminality)が必要という)。このため最も盗聴権限の強い国に加盟各国が合わせられてしまいます。さらに、プロバイダ(商用だけでなく、LANを含めたコンピュータネットワークを組んでいる全ての法人・個人を含む)は政府による協力要請をこれまた拒否出来ないのです。

 関連して、2003年の衆院選では、自民党は青少年有害社会環境対策基本法案(青環法案、青少年健全育成基本法案)の成立を公約に掲げました。(「自民党重点施策」および「小泉改革宣言」)
 選挙で勝利後、自民党は早速成立に動き(「青少年育成施策大綱」http://www.kantei.go.jp/jp/singi/seisyonen/031209taiko.html)、東京都も呼応する形で漫画などの規制強化を打ち出しました。
 東京都健全育成条例改定案は2004年3月30日、都議会で自民、公明、民主、生活者ネットなどの賛成多数で可決(共産、市民自治93などが反対)。「不健全」描写が一定の割合以上含まれる表現物について、自動的に「不健全」図書とみなす制度(包括指定制度)の導入は見送られましたが、青少年当事者の聞く耳を持たず、一方的な隔離や刑事罰の導入を図った内容はそのままです。また、指定図書は立ち読みできないよう包装が義務づけられましたが、未指定であっても18禁の表現物は実質的に包装(大抵はビニールで簡易封印)される状況になっています。
 さらに、従来の都職員による審査に代わり、約千人の「青少年健全育成協力員」を設置することで、「有害図書」の密告を奨励。松沢呉一氏によれば、都職員の雑誌担当は「たしか2人だけ」であったのが、従来比500倍の協力員制度の導入で、従来有害指定の少なかった文字メディアまでチェックしてチクリ(密告)が可能になると指摘されています。
 東京都の条例とはいえ、実際には出版社・物とも東京都に集中しているため、結局全国的に右に倣えとなっています。明らかに「青少年」ではなく、成人に不利益をもたらしています。一地方自治体の条例なのに、全国に影響が及ぶのが、東京都の特殊性であり、危険さです。
(参考:「STOP!今そこにある「漫画・アニメ禁止法案」」http://svcm.moemoe.gr.jp/、「子どもの人権と表現の自由を考える会」(新川淳平氏)http://cjhjkangaeru.web.fc2.com/、「表現規制反対のためのガイド」(らめちー氏)http://lucifer.pussycat.jp/Liberty/、「国民の基本的人権と安全を考える有志のブログ」(水無月真純氏)http://otakurevolution.blog17.fc2.com/、「参議院議員 山田太郎」(山田太郎氏)http://taroyamada.jp/、「二次元規制問題の備忘録」(虹乃ユウキ氏)> http://nijigenkisei.ldblog.jp/
 毎日新聞Digitalトゥデイの「通信傍受法の改正も? サイバー犯罪条約批准の課題」
(http://web.archive.org/web/20031211204239/http://www.mainichi.co.jp/digital/netfile/archive/200201/30-1.htmlに画像以外保存)によれば、法務省刑事局刑事法制課の見解は
「条約への参加が、通信傍受法改正を必要とするのかどうかについては、現在条約の内容やその解釈について、検討中のためなんともいえない」としつつも、「まずは条約の担保法が必要なのかどうか、あるいは条約で担保法が義務付けされていなくとも、この機会に作ったほうがいいのか、大枠での判断が必要だ」と、盗聴範囲の拡大を狙っている意向が窺えます。
 さらに、2001[平成13]年11月30日に成立したテロ対策支援法(正式名称「平成13年9月11日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案」)と時を同じくして、自衛隊法が改正されました(条文は防衛庁の
http://www.jda.go.jp/j/library/law/kaisei2/index.html参照)。
 在日米軍基地の警備条件の緩和(これまでは、警察では対処できない事態になって発動される「治安出動」命令が出るまでは動けなかったが、今後は独自に首相が命じられる)・不審船などに対する発砲条件の緩和のなどが追加されましたが、重大な追加点が「防衛秘密」の規定(第九十六条の二、第百二十二条)です。

 第九十六条の二
 長官は、自衛隊についての別表第四に掲げる事項であつて、公になつていないもののうち、我が国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの(日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(昭和二十九年法律第百六十六号)第一条第三項に規定する特別防衛秘密に
該当するものを除く。)を防衛秘密として指定するものとする。
(中略)
3 長官は、自衛隊の任務遂行上特段の必要がある場合に限り、国の行政機関の職員のうち防衛に関連する職務に従事する者又は防衛庁との契約に基づき防衛秘密に係る物件の製造若しくは役務の提供を業とする者に、政令で定めるところにより、防衛秘密の取扱いの業務を行わせることができる。
4 長官は、第一項及び第二項に定めるもののほか、政令で定めるところにより、第一項に規定する事項の保護上必要な措置を講ずるものとする。
(中略)
第百二十二条 防衛秘密を取り扱うことを業務とする者がその業務により知得した防衛秘密を漏らしたときは、五年以下の懲役に処する。防衛秘密を取り扱うことを業務としなくなつた後においても、同様とする。
(中略)
4 第一項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、三年以下の懲役に処する。(以下略)

 「防衛秘密を取り扱うことを業務とする者」は、自衛官に限定されておらず、民間人も含めた関係者全てが含まれます。(中谷元防衛庁長官の、島聡氏(民主)に対する答弁では、「特に防衛を必要とする事項に限定をしておりますし、対象とする人も、防衛庁の職員、並びに国の行政機関の職員のうち防衛に関する職務に従事する者、及び防衛庁との契約に基づき防衛秘密に係る物件の製造もしくは役務の提供を業とする者を、防衛秘密を取り扱うことを業務とする者として罰則の対象者というふうに限っておりまして」と述べている。2001/10/15、153回衆議院国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会06号より)また、「防衛秘密」の範囲は、防衛庁長官がほぼ無制限に決められます。
 この改正案は、かつて1985[昭和60]年に廃案となり、1989[平成元]年に一度は断念された、「国家機密に関するスパイ行為等の防止に関する法律案」(後に「防衛機密を外国に通報する行為等の防止に関する法律案」と変更。通称国家機密法案、またはスパイ防止法案)の内容とかなり似通っています。
 日本は「スパイ天国」であるからスパイ防止法が必要なのだといわれると、もっともらしく見えます(『讀賣新聞』2001年9月27日号「自衛隊法、秘密漏えい罰則強化へ」、
国際勝共連合の『思想新聞』2001年11月1日号「主張」
http://www.ifvoc.gr.jp/new_page_282.htmなど)。
 しかし、防衛庁長官が好き勝手に「防衛秘密」に決められるという事は、防衛政策に対し、事実上国民が手出し出来ない事を意味します。国会でも全て秘密で済ませ、しかも取材をしようとすればそれもまた「防衛秘密の漏洩」を「教唆し、又は煽動した者」と見做されてしまう。国家の重大政策を、国民の目が届かないよう、全て「秘密」に処理しようとしているのです。しかも、歯止めは全くありません。
 私は最初の原稿で「盗聴法の成立で事が終わったわけではなく、新たな規制の始まりに過ぎない」と書きました。それでも、森政権末期、2001[平成13]年春先までは、ある程度歯止めを掛けられていたと思います。ところが、小泉政権の空前の大人気で反対派の動きが霞んでいたところに、テロ事件で盗聴強化の流れが決定的になってしまいました。
 すでに成立した国民総背番号制や提出済みの個人情報保護法案はもちろんの事、テロ対策を名目とする自衛隊法の改正、盗聴強化を盛り込んだサイバー犯罪条約の署名(現在は未批准)。そして有事法制三法案。「反テロ」の名の下に、矢継ぎ早に提出・成立しつつあるこれらの法律や法案は、いずれも外国人も含めた全ての人々に対する監視を目指し、そして人間としての権利を保証される存在ではなく、油断のならない虞犯者として扱う方向性で作られています。アメリカはアフガニスタンへの軍事報復作戦を「不朽の自由(Enduring Freedom)(*1)」と一時期名づけ、「自由を守るための正義の戦い」と呼んでいますが、これほど自分を偽った名前はありません。加えて、イギリス、フランスなど、欧州を始めとした各国で軒並みテロ対策を目的として盗聴法が強化されています。
 そして2003年3月20日より始まったイラク侵略(ただし米英が勝手に定めた「飛行禁止区域」での空爆はこれ以前でも日常茶飯事だった)では、国連安保理を無視したばかりか、国連が進めていた大量破壊兵器査察を強引に中止させ、ついにサダム=フセイン政権を滅ぼしました。そして日本政府はこれを全面支援しました。にもかかわらず侵略の名目とした大量破壊兵器さえ発見できず、しかも国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)のブリクス委員長が査察再開を要求すると米側は拒絶。これでは仮に大量破壊兵器を米国が「発見」したところで信憑性は全くありません。これほどのでたらめを力で押し切って実現させてしまったのです。
 この状況で再び浮上してきた有事法制三法案ですが、石破茂防衛庁長官は木島日出夫氏(共産)の質問に対し、米国が日本の周辺国を先制攻撃した場合、有事法制三法案の「武力攻撃事態」や「武力攻撃予測事態」を適用することもあり得ると答弁しました(衆議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会4月24日)。つまり日本が侵略された時の反撃と同等の行為をアメリカの共同軍としてアメリカに侵略された国に行う、もっといえばアメリカの侵略に荷担すると明言したのです。


 関連した国内法制定の動きが、共謀罪創設を含む刑法等改正案(犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案、http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16305022.htm)です。
 これは国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(外務省訳はhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty156_7a.pdf、英語原文はhttp://www.uncjin.org/Documents/Conventions/dcatoc/final_documents_2/convention_eng.pdf)を批准した事によるもので、一度廃案になりましたが、2005年6月24日に再び衆議院で審議入りしました。同条約は第三条で目的を「性質上国際的なものであり」「組織的な犯罪集団が関与するものの防止」としています。
 2009年の衆院選で、自公政権は敗北し、民主、社民、国新の連立政権となりました。ところが、9月21日の記者会見で、中井洽国家公安委員長(民主)は、おとり捜査の拡大などと共に、盗聴についても「すぐにそれに取り組むかどうかは、党内的に議論が十分できていません」としながらも、「取り組む」意欲を見せました(日テレNEWS24「おとり捜査など導入検討へ〜国家公安委員長」)。このままでは、何のための政権交代だという事になってしまいます。
 いくつか例外は設けられていますが(資金洗浄の取り締まりなど)、第二条に「重大な犯罪」として「長期四年以上の自由を剥奪する刑又はこれより重い刑を科することができる犯罪」が挙げられ、これも適用範囲としていることを悪用し、政府案ではすべての四年以上の刑を持つ犯罪を対象にしてしまいました。共謀罪は刑法六〇条の「共謀共同正犯」を強化したものです。共謀共同正犯では犯罪の実行が前提となりますが、共謀罪では事前の話し合いだけで罪に問われます。また、自首による刑の減免規定を盛り込むことで、スパイやウソ密告による犯罪のでっちあげが懸念されています。そして、ここでも組織の要件は「二人以上」とされました(2005年7月12日衆議院法務委員会、大林宏法務省刑事局長の答弁)。
 この他にも、ネットの電磁的記録(アクセスログ)保全要求など、実質的な盗聴法強化の内容が盛り込まれていました。
 8月8日の衆議院解散で自動的に廃案になったものの、結果は自民の大勝。果たして10月4日再提出され、現在継続審議中です。
(参考:キタノ氏のhttp://d.hatena.ne.jp/kitano/20050809/p1
 2008[平成20]年には、6月11〜13日開催のG8司法・内務大臣会議で、国際組織犯罪防止条約批准のため、共謀罪推進が改めて約束されたようです。13日のG8会議後、鳩山邦夫法務相とアメリカのムケージー司法長官との会談で、鳩山氏は共謀罪法案に関連して、「世界的な犯罪防止ネットワークに穴をあけている状態で申し訳ない。早く責任を果たしたい」とその成立を約束しました。 さらに、後述する児童ポルノ法についても同じ席上で、単純所持を禁止する改正案の成立を急ぐと言い、ムケージー氏に高く評価されました。
 2009[平成21]年総選挙で自公政権が敗北。民主、社民、国新3党連立政権へと政権交代した事で、共謀罪導入はひとまず阻止されました。しかし…。

 さらに2005年、女児殺人事件が相次いで報じられると、自民党は「 「犯罪から子どもを守る」ための緊急提言」(http://www.jimin.jp/election/results/sen_san22/seisaku/2005/pdf/seisaku-019.pdf)と題し、またしても「女子児童を対象とした犯罪増加の背景には、児童ポルノや暴力的なコミック、過激なゲームソフト等の蔓延の問題が指摘される」と主張。改めて「青少年健全育成推進基本法」の成立に取り組むとしました。
 これらの殺人事件から、一体どうやったらこんな結論が出てくるのか。火事場泥棒とはまさにこのことです。
 また、自民党は「自主憲法制定」を党是としています。2005年4月4日に発表された自民党新憲法起草委員会各小委員会要綱(http://www.kyodo-center.jp/ugoki/kiji/jimin-youkou.htm)には、憲法二十一条の表現の自由について、青少年の健全育成に悪影響を与えるおそれのある有害情報や図書の出版・販売は、「公共の秩序」に照らして、法律によって制限されうることを追加する」との主張がされました。
 これは、青環法案と全く同じ発想です。しかし、憲法に直接規定することで、もはや憲法問題になることもなく、好き勝手に「有害図書(もちろんアニメ、ゲームなども含む)」を取り締まれるようになります。
 大日本帝國憲法下では、「日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス」(第二十九條)とされていました。「法律の範囲内」の下りがあることで、実質的には法律によりいくらでも言論が統制されました。治安維持法が最たるものです(第2章参照)。だからこそ、日本國憲法では法律によっても侵せない権利としたのです。それを、自民党は再び侵そうとしています。
 自民党は2005年10月28日に発表された「新憲法草案」を発表、2012年4月27日には、改訂版となる「日本国憲法改正草案」(https://www.jimin.jp/activity/colum/116667.html)を発表しました。「自由及び権利には責任及び義務が伴う」の文面を盛り込み、また人権尊重の留保となる「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変え、自分たちの意向が言論の自由に優先することを露骨にアピールしています。
 2008年提出された児童ポルノ法改正案の審議は、2009[平成21]年6月26日に始まりました。これは民主党の対案も審議するものです。法案推進の「日本ユニセフ協会」はこれに先立つ6月4日「法改正の次にくるもの〜法執行の取り組みと課題について〜」と題するシンポジウムを開催。出席したFBI駐日代表のエドワード=ショー氏は、通信傍受や共謀罪などの必要性を力説したといわれています。
(保坂展人氏 http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/8fe6ba919f8078904b3931b63d6b9b54
 不幸中の幸いは、葉梨康弘氏(自民)が宮沢りえ氏のヌード写真集『Santa Fe』について「やはり廃棄をしていただくということが当たり前」と主張するなど、与党側の主張の酷さが目立ったため、審議がそれ以上進まなかった事です
(衆議院法務委員会 平成二十一年六月二十六日(金曜日)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000417120090626012.htm)。
 7月21日の衆議院解散で、児童ポルノ法改正案は、共謀罪法案などと共に、自動的に廃案になりました。

 しかし、東京都の表現規制推進は続きました。2010年2月に提出された、条例改正案。青少年への頒布の自主規制対象として、「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)」を対象とすると規定し、18歳未満に「見える」表現への規制に踏み込みました。6月16日、民主、共産、生活者ネットなどの反対多数で否決されましたが、石原慎太郎都知事は「目的は間違っていない。何回でも繰り返してやる」と再提出を公言。
 そして11月に再提出され、今度は民主が「都職員の説得(by産經)」などの結果賛成派に切り崩され、賛成に回った事で12月15日成立してしまいました。
 石原都知事、自民、公明、日本創新党、そして東京都青少年・治安対策本部長として改正を主導した倉田潤氏(成立時には兵庫県警察本部長に転任)らを前に、表現規制反対派が完敗したことは、今後への重い課題となりました(参考:「東京都青少年健全育成条例改正問題(非実在青少年問題)のまとめサイト」http://mitb.mangalog.com/(フランドン氏、監修:Agathocles氏)、「青少年の健全な育成に関する条例改正案 質問回答集」http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2010/04/20k4q500.htm(東京都))。
 さらに、大阪府(当時、橋下徹知事)も東京都に同調して規制強化の構えを見せ、2011年3月16日に改正案が可決しました。(「府民の声と府の考え方 公表(詳細)」http://www.pref.osaka.jp/joho-kensaku/index.php?site=f-koe1&pageId=90)。

 児童ポルノ法改正案は、絵の規制を検討する「附則」を外す事で、自民、公明、民主、維新、結いの5党で妥協案がまとまりました。その結果、2014[平成26]年6月18日、参議院本会議で可決、成立しました。
 国会外では表現者などによる反対が、国会内では「(引用者中:漫画・アニメなどを規制対象とするための)調査研究を実施する予定があるとは承知しておりません」(6月17日参議院法務委員会、岡田広内閣府兼副大臣(自民)の答弁。http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/186/0003/18606170003024c.html)という答弁を引き出すなど活躍した山田太郎参議院議員(当時、みんな)らの働きかけが、一定の成果を挙げたと言えます(参考:「2014年7月7日 赤松健先生と児ポの裏話や著作権の非親告罪化について話しました。 山田太郎 の みんなのさんちゃんねる」(山田太郎氏)http://taroyamada.jp/?p=5753)。
 しかし、単純所持規制は実装され、1年の猶予期間を経て2015年[平成27年]6月から適用される事になります。

 自民などから、なお青少年健全育成基本法案の動きがあり、未だ絵についても油断ならない情勢です。


現在の盗聴法

 そして、盗聴法本体も少しずつ定着と強化を図っています。
 2002年3月30日、ついに盗聴法適用が明らかになりました。初適用は警視庁で、11月28日、神奈川県警が続きました。

盗聴法実施状況
H12H13H14H15H16H17H18H19H20H21H22H23H24H25
令状請求004451021112223342732
令状発付004451021112223342532
盗聴実施00445718112023342532
事件数(計)00224597117101010
(薬物)--22449786856
(組織殺人/
拳銃所持)
--00010031254
総通話数00256772344622107161612649074867747584429028
法適用通話数--6124466536099811896238921321763959
逮捕者00714121827343433472239
追加逮捕者-0005522700020

*H12は平成12年(2000年)。追加逮捕者は、前年以前の盗聴により新たに逮捕された人数。平成22年は令状請求が空欄で3件、平成23年は空欄で1件、平成24年は空欄で6件それぞれ令状発付された例があり、落丁と見倣した。数値は法務省プレスリリース(http://www.moj.go.jp/press_index.html)より

 発表された盗聴件数は上記の通りです。
 全て携帯電話の盗聴であり、ネット通信に関しては、現在のところ歯止めが働いていると言えます。
 しかし、電子メールについては、盗聴法の適用が無いと云うだけで、捜査に使われなかったわけではありません。例えば、2011年に発覚した大相撲八百長メール事件は、元々は野球賭博の捜索で押収した携帯電話から発見された物で、一度消したメールも復元出来る物は復元した結果、明るみに出ました。
 また、山下幸夫氏に拠れば、メールサーバに届いていれば、未読でも「通信」は終了しているとして、盗聴法を使うまでも無く、通常の捜索・差押え、あるいは検証令状で取得出来るとされています。さらに、2011年6月17日成立したコンピュータ監視法(情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律)ではリモートアクセス、遠隔操作による差押えが可能になったため、物理的にハードを差押える手間も掛からなくなっています(「盗聴法の改正問題〜通信監視の捜査手法も併せて 2013.6.20」http://www006.upp.so-net.ne.jp/kansi-no/kenkyukai/documents/20130620yamashita.pdf)。

 そして、平成19[2007]年にいったん減った件数が、平成22[2010]年からは令状数、盗聴数共に増加に転じています。民国社(民国)政権における歯止め効果は、好意的に見ても一時的に増加を止められた程度といえます。
 一方で、自公政権復帰後の平成25[二〇一三年]年の急増は歴然としています。コンピュータ監視法やサイバー犯罪条約正式加盟、さらに盗聴と見倣されないメール差押えなども含めれば、なおさら盗聴捜査は定着したと言わざるを得ません。
 また、2005[平成17]年には、初めて別件盗聴が行われました。また、成立前に危惧された通り、通話の8割前後は犯罪に無関係な内容でした (盗聴捜査について国会への報告(2000〜2008)、http://www.anti-tochoho.org/__2.pdf。法務省の国会報告をもとに盗聴法に反対する市民連絡会が作成)。たとえば平成21年度では7件中6件が逮捕者を出しており、手堅い事例に絞っているはずなのですが、それでも大半は犯罪と関係無い通話の盗聴なのです。
 しかも、携帯電話の位置情報は「通信傍受法に定めた通信記録には当たらない」との法務省見解により、携帯電話の検証令状を取るだけで盗聴可能です(第1回参照)
 実態は盗聴なのに、個人の位置情報が「通信記録」に当たらないという法務省見解は言い逃れに過ぎません。水面下ではより広範囲な盗聴を行っていると疑わざるを得ません。いや、初めからそのつもりだった、と見るべきでしょう。

 2003年には、安倍晋三氏が「組織全体に網をかぶせてゆく、あるいはトップを逮捕するためには、どうしても通信傍受、そして潜入調査が必要になる。(中略、通信傍受法については)起こった事件にしか適用できないというふうに、非常にハードルが高くなっている」(『中央公論』2003年8月号
 『特集 北朝鮮問題の見えざる最前線』「法制度の壁はあるが、弱みを見せてはいけない 時間はわれわれに有利にはたらく」安倍晋三インタビュー)、また『讀賣新聞』2003年10月2日号で椎橋隆幸氏の発言を載せたのも、その現れの一つと言えました(第3回反論19―A参照)。
 2004年に入ると、政府側の動きが相次ぎました。先に挙げた共謀罪法案に加え、4月21日、サイバー犯罪条約承認(7月発効)。参議院選挙期間中の7月8日、『讀賣』は社説でまず「外国人犯罪が一段と深刻になっている」とし、現行の通信傍受法は「規制が厳しすぎて(中略)名ばかりの法律」であるとして、欧米並みの強化を主張。参院選の争点として「各政党、候補者は、その議論を忘れてはならない」と熱弁を振るいました。8月19日、警察庁が「テロ対策推進要綱」(http://www.npa.go.jp/keibi/biki2/youkou.pdf)で米国や英国等を引き合いに出し、盗聴やおとり捜査の拡大の為「有効な法制が整備されるよう」関係各省庁に働きかけると宣言。12月10日、政府「国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部」本部長を兼ねる細田博之官房長官は、記者会見で来日外国人指紋押捺導入*2を発表。
 この時は「人権上の配慮」から、盗聴法強化やテロリストの無令状拘束などは見送られましたが、2006年1月6日には「テロリスト」に対する盗聴強化や予防拘禁、集会(コミックマーケットも集会だ!)規制などを柱とした「テロ対策基本法案」の作成が報じられています(『讀賣』『毎日』いずれも1月7日号)
 幸い、2007年の参院選で自公が大敗し、2009年の衆院選で、自公は野党に転落しました。しかし……。
 しかし、2008年に入ってもスウェーデンで6月18日、米国で7月に相次いで無令状盗聴が成立するなど、盗聴の暴走は収まる気配がありません。
 他にも、例えば「振り込め詐欺」に盗聴を拡大しろという主張(国家公安委員会、2005年1月17日。安崎暁委員と荻野直紀委員。http://www.npsc.go.jp/report17/1_27.html)。「振り込め詐欺」はターゲットが不特定多数であるため、全面的な盗聴拡大にならざるを得ず、大きな危険を伴います。
 また、冤罪を防ぐため、犯罪取り調べの可視化が主張されています。自民党の「新時代の捜査のあり方プロジェクトチーム」(三ツ矢憲生座長)は、2008年3月に、一部可視化の試行を警察に提言し、2008年9月より始まりました。しかし警察・警察は全面可視化には反対し、可視化なら司法取引の導入やおとり捜査、盗聴の拡大などとセットにすべきという姿勢を取りました。
 6月4日、幼女を殺した被疑で有罪となり、無期刑で服役していた菅谷利和氏の事件(足利事件)について、東京高等検察庁はDNA鑑定の誤りを認め、再審開始を認める意見書を東京高等裁判所に提出しました。しかし、森英介法務相は6月5日、全面可視化をしている諸国は「司法取引,あるいは広範な通信傍受」なども同時に行っていると改めて主張しました(法務大臣閣議後記者会見の概要(平成21年6月5日(金))、http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/kaiken_point_sp090605-01.html)。
 菅家氏が強引な取調で自白に追い込まれた事など、冤罪事件の続出は全面可視化の追い風となっていますが、『毎日新聞』6月30日号「クローズアップ2009:取り調べ可視化 一部か、全面か 揺れる法務・検察」では、検察幹部の発言として「全面可視化するなら、新たな捜査手法が必要になる」としています。

(外国人犯罪の頭数は確かに増えているが、日本人による犯罪も増えており、人口比はほとんど変化がない。これを無視して外国人犯罪のみを問題にするのは、数字のトリックであり、差別的である。また、指紋押捺は通常被疑者の取り調べにしか許されていない。かつて在日外国人にも義務づけていたが、1992[平成4]年に廃止されている。指紋押捺の強制は、来日外国人を一律虞犯者とみなすものであり、やはり差別である。盗聴法強化は見送られたものの、自国民より風当たりの弱いところから締め付けを強めようとする嫌らしさを感じる) データは「警察庁の「来日外国人犯罪の増加論」への批判」http://web.archive.org/web/20050329010613/http://www.geocities.jp/kumstak/polcri.html(中島真一郎氏)、「来日外国人犯罪の検挙状況 (平成21年確定値)」(警察庁)http://www.npa.go.jp/sosikihanzai/kokusaisousa/kokusai/H21_K_RAINICHI.pdf、「1 外国人の入出国」(法務省)http://www.moj.go.jp/content/000049322.pdf参照。


政権交代始末記

 2009年の政権交代で、盗聴法廃止へ、大きな一歩を踏み出したはずでした。
 しかし、米軍普天間基地移設問題で、県外移設の公約を翻した事で社民が下野。2010年参院選では自公が過半数を回復し、2011年の東日本大震災後も、原発への大きな反発にもかかわらず、自公は着実に党勢を回復して行きました。そして、2012年、野田佳彦内閣が自公との「三党合意」で消費税増税を決めた事が決定打となり、小沢一郎氏らが脱党して党分裂。自滅としかいいようのない形で、2012年12月16日投開票の第46回総選挙で民主は惨敗し、3年3ヶ月で自公政権に戻りました。自公の勝利はもちろんですが、新たに台頭した日本維新の会も盗聴法賛成派であり、結果として元より状況は悪くなってしまいました。
 政権交代に意味はあったのか? 今でも私は自問自答しています。

 政権交代直後から、不吉の予兆はありました。9月21日の記者会見で、中井洽国家公安委員長(民主)は、またぞろ盗聴強化に「取り組む」意欲を見せました(日テレNEWS24「おとり捜査など導入検討へ〜国家公安委員長」http://www.news24.jp/articles/2009/09/21/07144202.html)。翌2010年2月5日、中井氏は取調可視化などについて有識者研究会を発足させました。しかし、「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」(前田雅英座長)という会名に象徴されるように、盗聴強化やおとり捜査導入などがむしろ前面に出ています(「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会について」http://www.data.go.jp/data/dataset/npa_20140905_0303(データカタログサイト、原文警察庁))。案の定、委員から「我が国の通信傍受法の要件が厳しすぎる」という主張が出て来ました(「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会 第4回会議(平成22年5月11日開催)議事要旨」http://www.npa.go.jp/shintyaku/keiki/gijiyoushi_20100511.pdf)。
 さらに、折に触れ盗聴強化を主張して来た讀賣に加え、ここに来て日経も3日間の短期連載「「可視化の行方」――識者に聞く」で、識者3人全てが盗聴強化論者という露骨な記事を載せました(『日本経済新聞』2010年2月11〜13日号。それぞれ渡辺修氏、椎橋隆幸氏、堀田力氏)。
 もちろん全てが自公政権と同じでは無く、これまでマスメディア枠のあった国家公安委員に、5月27日付で弁護士の山本剛嗣氏が任命された変化はありました(前任は元産經新聞論説委員長の吉田信行氏。その前は当時讀賣論説委員長の荻野直紀氏。さらに盗聴法成立時は、当時日経会長の新井明氏でしたから、マスメディアでも保守派≒盗聴法賛成派で占められていた事になります)。

 一方、取調べ可視化は、障害者郵便制度悪用事件で大阪地方検察庁特捜部が、証拠となるフロッピーの内容改竄が発覚したことで、前進を見せたかに見えました。
 罪に問われた厚生労働省元局長・村木厚子氏ら3人の無罪が確定し、改竄した前田恒彦検事ら3人が有罪確定した逆転劇でした。大林宏検事総長も、この結果辞職しています(後任は笠間治雄氏)。
 その結果、菅直人内閣・柳田稔法務相(民主)主導で、2010年11月より法務省「検察の在り方検討会議(http://www.moj.go.jp/kentou/jimu/kentou01_00001.html)」(千葉景子座長)を開催。
 しかしここでも、法務(但木敬一氏)・警察(佐藤英彦氏)は可視化に真っ向から反発。これに、盗聴法推進の理論的支柱である井上正仁氏(東大大学院教授)らが加わり、弁護士の宮崎誠氏、ジャーナリストの江川紹子氏、後藤昭氏(一橋大大学院教授)ら可視化賛成派と真っ向から対立しました。
 2011年3月31日に、検察に批判的な外部からのチェック、取調べ可視化などの司法制度構築を報告して終わりましたが、可視化の具体的な法制化は先送りにされました。

 代わって法制審議会に、「新時代の刑事司法制度特別部会(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi03500012.html)」(本田勝彦部会長、椎橋隆幸部会長代行)が設けられ、ここで可視化などの制度化が議論されるはずでした。村木氏や映画監督の周防正行(すお まさゆき)氏(痴漢冤罪を題材にした『それでもボクはやってない』を制作)が委員に加わったのも、その一環でした。
 ところが、いざ特別部会が始まると、いかに検察・警察が捜査権限を拡大し、逆に可視化を最小限に抑えるかという方向に話が進みます。
 2011年に福岡県で全国最多となる18件の発砲事件が起き、小川洋福岡県知事、北橋健治北九州市長、高島宗一郎福岡市長らが、暴力団対策のための盗聴要件の緩和、おとり捜査、司法取引等の制度化などを相次いで要請した事も追い風となりました。
 盗聴法が暴力団対策に必ずしも効果的では無いのは第2回で述べましたが、2012年4月21日には松原仁国家公安委員長(民主)は福岡の事件現場を視察して「通信傍受の拡大や、おとり捜査などの手法の高度化を検討することが必要だ」と主張。盗聴法の強化が、一気に現実味を帯びて来ました。

 そして11月16日、衆議院解散。19日には小川福岡県知事らが警察庁を訪問して、米田壯(よねだ つよし)次長に面会し、改めて暴力団への盗聴拡大や、可視化除外などを陳情。21日には、特別部会で警察庁の島根悟氏が盗聴法強化の具体案として盗聴の適用拡大、(肉声での)会話盗聴合法化、警察での盗聴作業解禁、立会人廃止などが提案されました。自公政権復権を見越した動きと言えました。
 12月16日、自公は政権を奪回し、26日第二次安倍晋三内閣が発足しました。


盗聴法強化への道とNSA盗聴・情報収集事件

 2013年1月19日、自公政権復活を見越したかのように「法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会」で基本構想が発表されました(「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」http://www.moj.go.jp/content/000106628.pdf)。
 そこでは、盗聴法強化について、以下の提言が行われました。

 (1)対象を振り込め詐欺や組織窃盗などに拡大
 (2)スポット盗聴機能を搭載する事で、立会人無しの盗聴を可能に
 (3)回線から全ての会話を盗聴し、事後的にスポット盗聴で抽出する
 (4)振り込め詐欺、暴力団抗争、薬物のコントロール・デリバリー(泳がせ捜査)の捜査において、会話自体への盗聴を検討する
 (5)(携帯電話の)通信履歴が十分な期間保存されるようにする

 盗聴法強化が決定事項とされ、会話盗聴も検討に入りました。一方、当初の目標だったはずの取調可視化は、罪状限定や取調側の限定に任せるなど、骨抜きされました。
 結果として、盗聴法推進側の思惑通りの内容になってしまいました。

 3月13日には、衆議院予算委員会で谷垣禎一法務相が特別部会の基本構想を受け「必要な法整備等」を行うと言明。
 5月21日には自民党が「世界一の安全を取り戻すために 〜 緊急に取り組むべき3つの課題」(https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/121191.html)で盗聴拡大などを提言、23日には新時代の刑事司法制度特別部会の第1作業分科第4回で、島根氏が盗聴拡大の具体例として児童ポルノ、ヤミ金、人身取引、暴力団犯罪などを挙げました。ここで、盗聴法と児童ポルノ法がはっきり結びつきました。
 こうして、盗聴法強化へ既成事実が積み上げられて行きました。ところが………。

 イギリス紙"The Guardian"が、NSAは秘密裏に、米通信大手ベライゾン(Verizon)の顧客、数百万人の通話履歴を収集していたと報じたのは、6月5日でした。
 翌日には、英紙"The Guardian"、米紙"The Washington Post"は共にNSAはアメリカ連邦捜査局(FBI)と協力し、二〇〇七年開始の監視プログラム「PRISM」により、Microsoft、Google、Yahoo!、Facebook、Apple、AOL、Skype、YouTube、PalTalkの米ネット大手9社のサーバから、動画や写真、電子メールを直接収集していたと報じました。ジェームズ=クラッパー国家情報長官は外国人の情報収集は合法と反論しましたが、米国民、外国人を問わず、不特定多数が監視されているのは明らかでした。
 要するに、コンピュータネットを牛耳る米大手が軒並みNSAに協力していたというわけです。
 当初は各社ともNSAとの協力を否定しましたが、やがてセキュリティ対策強化の打ち出しや、米政府への申し入れなどで、実質的に安全性に問題があった事を認めています。

 これらの情報を提供したのは、元CIA(アメリカ合衆国中央情報局)職員で、NSAと契約しているブーズ・アレン・ハミルトン社を通してNSAに勤務していたエドワード=スノーデン氏でした。
 スノーデン氏は香港、次いでロシアに逃亡して亡命先を探しています。スノーデン氏は名乗り出た後、矢継ぎ早に情報提供を続けました("The Guradian"のスノーデン氏関連記事はhttp://www.theguardian.com/world/edward-snowden)。
 スノーデン氏の情報は多岐にわたりますが、たとえば次のような内容でした。

●NSAは情報をメタデータ(アドレスなど周辺情報)、コンテンツ(情報そのもの)に分け、「MAINWAY」「NUCLEON」「MARINA」「PRISM」の4つのプログラムで分担していた。米IT大手9社が関わったのは、「PRISM」の一部に過ぎない。
●NSAは2013年3月現在で、世界から970億超の機密情報を集めている。ネット回線の多くは米国を中継するため、もともと情報収集には有利。
●GCHQ(英政府通信本部)はNSAと協力して、2009年にロンドンで開かれたG20(20ヶ国・地域)首脳会合などで、各国代表団の電話やメールを盗聴していた。
●GCHQは、NSAと協力して光ファイバーケーブルを盗聴していた。
●韓国とシンガポールも、NSAと協力して光ファイバーケーブルを盗聴していた。なお、日本は法の不備や人員不足などを理由に拒否。
●NSAは日本、フランス、イタリア、メキシコ、韓国、インド、トルコなど世界38ヶ国の駐米大使館・代表部などを監視下に置き、盗聴。国際連合本部も盗聴対象。
●NSAとGCHQは、HTTPS、VoIP、SSLなどの暗号化技術を、バックドアを通して解読。
●NSAは、VISA始め複数社の国際クレジットカード取引を監視。2011年に一億八千万件の取引記録を処理した。
●NSAは、ブラジルのルセフ大統領、メキシコのペニャニエト大統領、ドイツのメルケル首相など、外国指導者35人を盗聴していた。
●NSAの盗聴拠点は米国はもちろん、英国、オーストラリア、韓国、日本にも設けている。敵対国はもちろん、友好国に対しても、日本、ブラジルに対しては経済的利益、フランス、ドイツに対しては外交的優位を得るため情報収集を行っている。
●NSAは、米市民の幅広い情報をイスラエルに提供。内容は電話、メール、FAX、音声データなど。しかしイスラエルに対してもオルメルト前首相などを盗聴。
●NSAは、世界で1日50億の携帯位置情報を集めている。
●NSAは、RSA暗号のRSA社に、バックドアを仕掛けた暗号生成アルゴリズム"Dual_EC_DRBG"を標準仕様の一つに採用させた。見返りとして1千万ドル支払った。

 あまりに多いので、私が収集した記事一覧は、https://ss1.xrea.com/murasame.s42.xrea.com/renewal.htmを御覧下さい。
 「知ってた」事もたくさんありますが、その盗聴・情報収集の手広さは、想像を遙かに超えていました。みんなとっくに、「村雨恭子さん」になっていました。
 もちろん、スノーデン氏の情報が全て正しいとは言えませんが、米国や諸外国の反応を見ても、その主要部分は真実だと思います。しかも、ここで抜き書きしたのはごく一部に過ぎません。
 さらに、スノーデン氏以外からも前ローマ教皇ベネディクト16世が盗聴標的になっていた、いや他国も盗聴をしている、たとえばメルケル氏は英国、ロシア、中国、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)も盗聴している、ロシアは2014年のソチ冬季オリンピックで選手団や観客を盗聴しようとしている、といった反論も飛び交い、世界は騒然としました。
 そして11月26日、国際連合の国連総会第3委員会で、「デジタル時代のプライバシーの権利」が全会一致で採択されました(http://www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=46619&Cr=Privacy&Cr1=&Kw1=privacy&Kw2=&Kw3=#.Ur7Sf_vvgt1)。ドイツ、ブラジルが中心となった物で、テロ対策は国際法に則り、第三者機関による監視などを設け、盗聴に歯止めを掛ける事を呼びかける内容です。米英の賛成を取り付けるため表現は弱められ、また法的拘束力はありませんが、盗聴の歯止めが国連で採択されたのは画期的です(12月18日、本会議でも全会一致採択)。
 12月13日、米国第三者委員会はオバマ大統領にNSA改革案を提示しました。18日公表された内容は、NSAの諜報活動を基本的に評価しつつ、データの第三者機関への移管、NSA長官に民間人を据えるなど、盗聴に一定の歯止めを掛ける提言がなされています。また、外国への盗聴についても、高次の手続きを設けるよう勧告しています(http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/docs/2013-12-12_rg_final_report.pdf)。共和党などの反対があり、実現への道のりは多難ですが、曲がりなりにも盗聴規制に舵を切りました。

 ところが、そんな世界とは全く関係無く、第二次安倍内閣は盗聴法強化への歩みを続けました。
 7月21日投開票の第23回参議院選挙でも、NSAや盗聴法は全く争点にならず自公が大勝。衆参共に安定多数を回復しました。
 8月5日、ついに法務省が盗聴法の適用拡大の検討を始めたと報じられました(『日本経済新聞』「犯罪の通信傍受、適用範囲を拡大へ 法務省検討」、http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS04018_U3A800C1MM8000/)。  同記事によれば、新時代の刑事司法制度特別部会が盗聴法強化の結論を出す→2015年までに盗聴法強化案が国会提出されるとスケジュールが立てられています。早ければ、2014年にも盗聴法強化案が出て来る事になります。

 10月15日から始まった第185回臨時国会で、ようやくNSAの盗聴も問題になりました。しかし第二次安倍内閣は、秘密保護法案(特定秘密の保護に関する法律案。原案はhttp://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18505009.htm。みんな、維新との修正案はhttp://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/syuuseian/1_53D2.htm)を始めとした法案手成立には熱心でも、NSAからは目を背けました。
 機密漏洩が問題だから法案が必要という。ところが、NSAによる盗聴には反論しません。

 これより先、7月1日には、NSAの日本大使館盗聴疑惑について、菅義偉官房長官(自民)は「本件に関心を有しており、確認を求めることにしていきたい」と述べましたが、それっきりです。
 11月5日、小野寺五典[おのでら いつのり]防衛相(自民)は2日付"The NewYork Times"で日本も盗聴対象であると報じられた件について、「あくまで報道があったということで、アメリカ政府がそのようなことを言っているとは承知していない。同盟国との間も含め、さまざまな友好国との信頼を傷つけるような行為は決して望ましいことではない。報道は信じたくない」(NHK http://megalodon.jp/2013-1105-1409-50/www3.nhk.or.jp/news/html/20131105/k10015802801000.html)。NHKの取材でも、NSAが日本国内に盗聴拠点を設けている事は米政府当局者が認めているのですが、否定や反論ですら無い逃げを打ちました。
 その間も「新時代の刑事司法制度特別部会」は開催され、11月7日には、盗聴法の拡大だけで無く、拡大後の盗聴システム模式図も公開されています。
11/7法制審議会特別部会 第21回会議 参考資料)(361KB)11/7法制審議会特別部会 第21回会議 参考資料より(現行は第1回参照)

 一方NSA。参議院国家安全保障に関する特別委員会で11月25日、井上哲士氏(共産)にNSAの盗聴について質問されても、岸田文雄外務相(自民)は、「実態把握のために意思疎通を図ってきている」というばかりでした。
 そもそも、秘密保護法案の罰則強化は、真っ先にスノーデン氏の如き内部告発を標的としています。にもかかわらず、安倍政権は論評を避けました。『讀賣新聞』は秘密保護法案推進に際し、「米国は最高死刑」「最高で懲役10年(の法案は)むしろ軽い」と主張しましたが(笹森春樹氏「特定秘密保護法案が意味するもの」、http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/columnpolitics/20131203-OYT8T00756.htm)、ではスノーデン氏を処刑しろという事か。それでも操觚者ですか。
 暴露情報サイト"CRYPTOME"には、スノーデン氏がメディアに提供した情報一覧がありますが、日本メディアは一件もありません(http://cryptome.org/2013/11/snowden-tally.htm なおCBCは中部日本放送では無く、カナダ放送協会の事)。讀賣を含め、ほとんどのメディアはただ海外メディアの報道を後追いするだけでした。
 秘密保護法案についても全く賛成出来ませんが、詳しくはこちらを御覧下さい(落合洋司氏http://cryptome.org/2013/11/snowden-tally.htm、『東京新聞』「知る権利 危ない 秘密保護法案 ここが問題」http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/himitsuhogo/list/CK2013112202000205.html)。
 「日本はスパイ天国」も法推進のお約束ですが、自衛隊も海外でスパイしていた事には黙り(共同通信社「陸自、独断で海外情報活動/首相や防衛相に知らせず/文民統制を逸脱/民主国家の根幹脅かす」http://www.47news.jp/47topics/e/247996.php、『産經新聞』「一部報道、自衛隊「別班」否定の答弁書決定 「過去も現在も存在せず」」http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131210/plc13121014180017-n1.htm)。もちろんこれは、他国の諜報機関に関する発言と同じくらい信用出来ます。
 しかし日本の国会で行われたのは、程度の差こそあれ、盗聴法国会の再来でした。

 いや、盗聴法の時より、さらに悪質でした。審議時間は、衆議院でこそ盗聴法より3時間増やしましたが、参議院では半分以下の22時間55分で突破(『東京新聞』「「再考の府」役割放棄 審議は衆院の半分」http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013120702000164.html)。
 さらに秘密保護法案とは別に、12月5日、自公で水岡俊一内閣委員長、大久保勉経済産業委員長(共に民主)の解任決議を成立させ、山東昭子氏、北川イッセイ氏(共に自民)にすげ替えました。6日の会期末までに全法案を成立させるために、思い通りにならない野党議員の委員長が邪魔になったからです(最終的に、会期は8日まで延長)。
 委員長解任は、自公が少数だった時に川口順子(よりこ)環境委員長(自民)の先例がありますが、この時は同じ自民の北川氏が後任になっています。与党が野党委員長を奪ったのは史上初です。
 自民・公明の安倍与党は、衆参で安定多数(衆議院では252/480、参議院では129/242。第47回総選挙以降は、衆議院249/475)を上回っています。安定多数とは、全ての常任委員会で多数派になる議席数で、改憲、議員除名など特殊な例外を除いて全ての法案を通せる議席数です。
 ただ、委員長ポストについては、安定多数を超える与党であってもある程度野党に分配する慣習が出来ており、民主党政権でも変わりませんでした。しかし政権がその気になれば、安定多数を持つ与党は簡単に委員長の首をすげ替えられます。何故なら、野党がいくら抵抗しても自動的に法案を通せる頭数がいるのですから。
 それでも、今までの政権は敢えて首のすげ替えまではしませんでした。また野党委員長を無力化する方法はあり、中間報告を出させ、委員会審査を飛ばして本会議で採決する動議を成立させるという手順です。
 しかし安倍政権は、そうした手順さえ飛ばして委員長の首をすげ替えました。
 安倍政権は、完全に一線を越えました。
 安倍政権は、どんな手でも使う事がはっきりしました。

 12月6日、自民、公明、改革の賛成で秘密保護法が成立しました。
 これに先立つ12月5日、菅官房長官は参議院委員会で秘密保護法案の通過(もちろん一般的には採決とは言えませんが、国会の先例では通る)を受け、次のように述べました。「通信傍受法案の成立の際は今回よりもはるかに激しい反対運動があったが、結果的に成立後1─2週間のうちに国民にわかってもらい、全く懸念のない法案となっている。今回も成立すれば心配することはありえない」(「ロイター通信」中川泉「UPDATE 1-特定秘密保護法案の議論は尽くされた、国民が心配することありえない=菅官房長官」、http://jp.reuters.com/article/domesticJPNews/idJPTYE9B407S20131205)。
 菅氏による、勝利宣言でした。私にとって最高にむかつく、そして屈辱の発言です。

 事態はほぼ、『日本経済新聞』の第一報通りに進みました。例えば2014年6月12日の、法制審議会・新時代の司法制度特別部会第27回会議では、椎橋隆幸委員が「10数年前にできた法律の対象犯罪自体がに狭過ぎた(原文ママ)」と勝手な事をほざいています(http://www.moj.go.jp/content/000125432.txt)。井上正仁氏といい、但木敬一氏といい、盗聴法成立に活躍した面々が委員・幹事に名を連ねているのですから、こうなるのは自明でした。周防正行氏らの反対派は、完全に抑え込まれています。
 また、弁護士会の神洋明[じん ひろあき]幹事が、取調可視化拡大と代償に、振り込めなどの詐欺・窃盗への盗聴拡大は「一歩譲ってもあり得るかも」と発言した事で、逆に盗聴拡大容認の言質を取られた形になりました。

 7月9日、法制審議会・新時代の司法制度特別部会第30回会議で、以下の犯罪に対象を拡大する、盗聴法改正案の方針が確定しました(http://www.moj.go.jp/content/000125178.pdf)。
・現住建造物等放火  ・殺人
・傷害・傷害致死  ・逮捕監禁
・誘拐・人身売買  ・窃盗・強盗・強盗致死傷
・詐欺・恐喝  ・爆発物使用
・高金利の貸し付け  ・児童ポルノの製造・提供
 会話盗聴の合法化は外されましたが、それでも大きな拡大です。スノーデン氏の告発は無かったかのようです。さらに立会人規制が緩和され、他に司法取引導入やおとり捜査拡大も盛り込まれました。一方、取調可視化は裁判員裁判対象事件・検察独自事件に限られ、割合は2〜3%に留まります。
 9月18日、法制審議会総会で正式に採択され、松島みどり法務相(自民)に答申しました。

 ところが、11月21日、安倍晋三内閣は衆議院を解散しました。ここで野党が勝てば、盗聴拡大の既定路線を阻止出来ました。しかし12月14日投開票の第47回総選挙は、自公与党が326議席(追加公認含む)を維持する圧勝。共産党が議席を回復し、日本維新の会改め維新の党が、盗聴法への態度を仕切り直ししたのが救いとは言え、完全に後が無くなりました。
 このまま行けば、盗聴法強化、共謀罪法案など、第三次安倍内閣の思い通りに通ってしまいます。
 盗聴は歯止めが利きません。盗聴法成立から罪状の拡大、さらに犯罪捜査を超えた「行政盗聴」への道をたどった、米国を見ても明らかです。今の盗聴法強化の動きは、質の悪いNSAの二番煎じです。加えて、法案は一度成立すれば是が非でも廃止されないよう自己目的化してしまい、一種の利権となります。この事は、何度強調してもし過ぎる事はありません。だからこそ、廃止するしかないのです。
 人間としての尊厳よりも、「国家」や「社会の安全」を重視する。その目的が全て実現した時、私たちがどれほどがんじがらめに締め付けられ、駒として扱われてしまうのか。そのような事態は、絶対に招いてはなりません。
 これからどうすれば良いのか、次回で私なりの結論に移ります。


(*1)当初は「無限の正義」(Infinite Justice)と名づけたが、「Infiniteは「神(アッラー)」のみが持つ力だ、とのイスラム教徒側の抗議を受け、さらに「Justice(正義)」もイスラム教の聖典『コーラン』に「アラーは正義の徒を愛護なさる」などの記述があり、「聖戦(Jihad)」を正当化させかねないとアメリカ側が気づいたため、「不朽の自由」と改めた。現在はさらに「高貴な鷲(Noble Eagle)」と変更されている。

(*2)結局、2006[平成18]年5月17日、来日外国人の指紋押捺強制は可決された。

シリーズ6に戻る
シリーズ8に進む
本文目次に戻る
盗聴法について考えるに戻る